「済州島四・三事件が問いかけるもの」高二三

 済州島四・三事件の真相究明運動にかかわっていると8と3のつく年が記念の節目の年となる。今年2013年は65周年記念となる。また近年は、5年ごとに行われる韓国の大統領選挙が7と2のつく年の12月なので、65周年の四・三追悼集会は朴槿恵大統領誕生の年の会になるとも言える。
 1988年の40周年の時に「済州島四・三事件を考える会」をスタートさせて25年経つが、現在ほど東北アジア的規模で歴史認識が問われていることはなかったかもしれない。いつも済州島四・三事件を東北アジア的規模で位置づけていきたいと言っていた私からすると、今こそ声を大にしなければならないのだが、その関連性を説くことは容易ではない。そこで、「国策」で犠牲になった人々という観点に立って済州島四・三事件65周年を論じてみたいと思う。
 現在、日本は中国とのあいだに尖閣諸島(釣魚島)問題、韓国とのあいだに竹島(独島)問題を抱えて緊張状態にあるが、日本のいう「領土問題」は東北アジア的見地からみて「歴史問題」として議論せねばならない現状にある。
 日本は明治維新以降の歴史をいま一度点検しなければならない。日本国はあるときは侵略戦争や植民地支配を過ちであり遺憾の意を表す。しかし、あるときは栄光の歴史であるとし、国内的には明治の元勲をお礼にして讃えたり、ドラマにして美化したり、はたまた開き直って隣国の人々に敵愾心を燃やす。
 共同幻想的な戦後の民主主義をふりかざして、明治以降の「国策としての侵略史」を見ようとしない国民になりさがるように誘導されている。
 そして国内的には沖縄の基地問題、オスプレイの導入など、かつての民主党政権に対しては言いたいことが言え、政権に動揺を与えたものだが、自民党政権下になり、非民主的な決定がいともたやすく行われている。いまこそ日米安保条約に対する歴史認識が問われているのではないか。いつまで沖縄の人々が犠牲にならなくてはならないのだろうか。
 沖縄ばかりではない。2011年に起きた東北大地震の復興はどれだけ進んでいるのか。福島原発の事故の原因はどこにあり、誰(どこ)が責任をとったのか。復興は遅々として進まず、原発事故は、誰も責任をとらず、ただ時間だけが過ぎていく。国策として進められた原子力の平和利用、その国策の犠牲者としてフクシマの人々がいる。考え直してみたら、かつて長く続いた自民党政権こそが、原子力発電を推進してきたし、現在も、一時原子力発電所の全廃にかたむいていた国民の声を無視・圧殺しようとしているのは自民党政権だと言える。
 さて、済州島四・三事件をめぐる韓国といえば、金大中、盧武鉉政権から李明博、朴槿恵政権へと変わった。
 だが、どの政権も「反共」が国是であり、親米的立場から逃れることはできなかった。その意味では、韓国と戦後日本は同じような体質をもった政権であると言えるかもしれない。
 しかし韓国政府は済州島四・三事件に対して、公式のお詫びと犠牲者の名誉回復を誓い、済州島を「平和と人権」の島とし、東北アジアの平和の道を切り開いていくと誓った。だが、「反共、親米」の制約から、済州島に軍事基地を作らざるをえない。「反共・親米」だけでは南北統一、東アジアの平和は訪れないだろう。
 フクシマ・オキナワ・チェジュはつながっている。「国策」で犠牲になった人々という視点から済州島四・三事件の65周年をより深く見つめなおしてみたい。


「世界へ未来へ 9条連ニュース 2013年3月20日」より
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